ビデオゲームRPGの、プリミティブで本質的な楽しさとは?

 読者の皆さんには、このスクリーンショットがどのような状況に見えるだろうか。

『ダンジョンエンカウンターズ』レビュー。HP1の違いに悶え死ぬ。ATBの生みの親・伊藤裕之氏が作ったプリミティブなダンジョン探索ゲームに必要なのは、好奇心と向上心と想像力【TGS2021】

 整然と並んだマスに書かれた無味乾燥な数字の羅列。クロスワードのようなパズルにも見える。だがこの世界のルールを学び、それなりの経験を積んだ冒険者である筆者には、この一帯がキメラや魔法使い、スケルトンやマミーなどの魔物が軒を並べ、装備や魔法を売り買いする、活気あふれた町に見えている──これはどういうことか?

 この数字の書かれた床は、ダンジョンに潜り、探索するこのゲーム内の、体力回復のポイントや階段を昇降するポイントなど、いわゆる“イベント”をすべて16進法の数字で表したものだ。どのフロアまで潜っても番号は共通で、たとえば01番が下のフロアに降りる階段を表しているため、どんどん潜るにはどのフロアでも、ひとまず01を捜すことになる。

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 ゲームの本格的な紹介の前にもうひとつ質問しよう。

 国民的なRPGである『ドラゴンクエスト』や『ファイナルファンタジー』はどこからやってきたのか? 起源をたどればいろいろな要素が挙げられよう。だが、生みの親である堀井雄二氏や坂口博信氏が、1980年代の初頭に『ウィザードリィ』や『ウルティマ』など、産声を上げたばかりのビデオゲームRPGに触れ、それらの作品から受けた衝撃や興奮を誰かに伝えたいという気持ちから、その歴史が始まったことに異論はないだろう。

 この記事で紹介する『ダンジョンエンカウンターズ』をプレイしていると、『ウィザードリィ』など黎明期のビデオゲームRPGが持っていた冒険の戦慄や恍惚を意識させられる。『ダンジョンエンカウンターズ』は、その緊張感やカタルシスをプレイヤーに強く提示するために、さまざななものを削ぎ落として極めて原初的な形にまとめた、近年まれに見るほど硬質な作品なのだ。

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 このゲームにあるのは極めて厳格なルールと、空恐ろしいほど均整の取れたゲームバランスだけ。このゲームからプレイヤーが得られるのは、壮大なシナリオ体験や、美麗なグラフィックによる視覚的な陶酔、派手な演出や流麗な楽曲による高揚などではない。

 手にするのは、想像力が試される素っ気ない物語の断片や、見知らぬ装備を偶然にも手に入れたときの小躍りするような歓喜、それによって探索範囲が広がることへの興奮。そういう類のものだ。

 世界を統べるルールを理解し、思慮を尽くした戦術がハマったときの全能感。運命の女神が踵を返したときの呆然とする感じ。コントローラから離れているときでも直前のプレイを思い出してしまうような現実からの浮遊感。そうした紆余曲折を乗り越えて目的を果たしたときの多幸感など、もしあなたが百戦錬磨のゲーマーであると自負するなら、こうしたビデオゲームRPGの本質的な喜びを、抜き身で突きつけてくるこの作品にぜひ挑んでみてほしい。

 今回の記事では、東京ゲームショウ2021 オンラインで体験可能な範囲をとことん味わった筆者が、ゲームから受け取った衝撃や興奮を、可能な限りネタバレしない形でお届けしよう。堀井氏や坂口氏のようにゲームは作れないが、できる限りの言葉を尽くしてみる。

 ※商品概要やタイトル発表に際しての開発スタッフコメントなどは、以下の記事を参照されたい。

天才の本気

 『ダンジョンエンカウンターズ』は、スクウェア・エニックスがこの2021年10月1日に発表した、Ninendo Switch(ニンテンドースイッチ)、プレイステーション4、Steamで楽しめるダンジョン探索RPGだ。ダウンロード専売で発売日は2021年10月14日(Steam版は10月15日)。つまり発表から2週間でリリースとなる。

 町の周囲に突如現れたダンジョンから這い出た魔獣たち。これを討伐し、その原因を探るべく、戦士養成所“アカデミー”に所属する冒険者たちがさまざまな事情を抱えながらパーティーを組み、ダンジョンの奥深くへ潜っていく。シナリオとして提示されるのは、ほぼこの程度の内容がすべてだ。

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 ゲームをデザインしたのはスクウェア・エニックスの伊藤裕之氏。PRの場などあまり派手な場所には出てこない氏だが、たとえば『ファイナルファンタジーIV』以来のシリーズに踏襲され続けているATB(アクティブ・タイム・バトル)システムだったり、『V』のアビリティシステム、『VI』の魔石、『VIII』のジャンクションやトリプルトライアド、『XII』のガンビットなど、誰もが知るゲームの根幹を支える数々のシステムに携わってきた人物だ。

 筆者からすると、これはその都度“じゃんけん”を生み出し続けているようなものであり、ご本人がそう呼ばれることを好もうと好まざると、仕組み作りの天才であることがわかるだろう。

 その天才が、仕組みのおもしろさを味わうために磨き上げた作品が『ダンジョンエンカウンターズ』だ。それゆえ演出は最小限に抑えられている。

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 たとえばキャラクター。おなじスクウェア・エニックスの伊藤龍馬氏の手による冒険者や魔物のキャラクターたちは、システムの硬質さにマッチしつつ、独特な安らぎをプレイヤーに与える素朴な線で描かれている。ダンジョンで出くわす魔物たちの色使いには、ときにハッとさせられることだろう。

 バトルで流れるクラシック音楽のエレキギターアレンジは、ミュージックディレクターとして参加した植松伸夫氏監修によるもの。10層ごとに切り替わり、思考のジャマをせず、プレイヤーの気分を盛り上げる。数時間もすると『ファランドール』を口ずさんでいることだろう。

 あとは200にも満たない文字数で質素に語られるキャラクターのバックストーリーや、バトル時の控えめな攻撃エフェクト、それからダンジョン探索画面でのフレーバー的な演出程度。この素っ気なさが却って想像力を掻き立て、探索の奥深さを際立たせるのだ。

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あらゆる知恵を尽くしてダンジョンを潜る

 ゲームは大きく2パートに分かれる。ダンジョン探索とバトルだ。

 まずはダンジョン探索について語ろう。

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 平面に描かれた連続したマス(このゲームでは床と呼ぶ)がダンジョン内部を表している。パーティーは最大4人で構成。先頭にいるキャラクターが立体で表示され、床の上をプレイヤーの操作に従って移動する。

 そして拠点や階段、アビリティの着脱ポイント、ショップ、情報の取得ポイントなど、このダンジョンで発生するすべてのイベントは、この床に16進法のふた桁の白い数字として描かれる。01なら階段を降りるポイント、06ならHPが回復できるポイント、14なら武器が売買できるショップという具合だ。

 これは一見わかりづらさを感じるかもしれないが、ふつうに探索を進めているだけで、この数字とイベントがプレイヤーの中で自然と紐付き、よく使う数字──たとえば05を見て「やっと戦闘不能者を回復できる」だとか、08を見て「ここに石化が回復できるポイントがあったのを覚えておこう」などと振る舞えるようになる。魔物の情報を取得したり、謎解きのような仕掛けの類はAA(10進数でいうところの170)以降の大きな数字だ。

 やがてこれらの数字を見かけるたびに一喜一憂するようになり、ダンジョンの奥深くでパーティーが半壊しているときに白い数字の居並んだエリアを見つけると、冒険者の訪問を待っていた活気あふれる町の姿が浮かび上がり、心の底から人心地ついた気持ちになれるのだ。

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 同様に、最初に習得するアビリティ「バトル番号の表示」を手に入れると、ダンジョン上には16進法でふた桁の黒い数字がランダムに浮かび上がるようになる。これは一種のシンボルエンカウント。敵とのバトルが控えている床だ。小さな数字ほど現れる魔物は弱く、大きなほど生きて帰れぬ恐れを秘めている。

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 ダンジョンの構造によっては、これを回避してさらに先に進むこともできるが、フロア上のすべての床を(文字通り)踏破すると、ボーナスとしてアビリティポイントが付与される(同様に1000マス踏破などのキリのいいタイミングでも付与される)。

 アビリティは探索に役立つさまざまな能力だ。機能させるためにはコストを支払って着脱する必要があり、前述のアビリティポイントは、アビリティをセットできるコストの合計の上限値を指す。

 つまりアビリティポイントが多いほど、「毒にならない」だとか「HP全回復・単」などが備えられるようになるわけだ。ちなみにアビリティには回数制限があるものと制限のない所持型のものがあり、前者は「戦闘不能回復・単」のようなものに、後者は「石化にならない」のようなものに代表される。

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 こうして黒い数字を踏んだり避けたりしながら冒険者が探索を続けていると、ときにはそのフロアに似つかわぬ大きな数字に出くわすこともある。これが緊迫感を生む。操作のミスや漫然としたプレイで突入したり、全マス踏破のために半ば賭けるように踏み込んだり。そういう決断や過信が探索をよりドラマティックに盛り上げるのだ。

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 またその一方で隠し通路などの仕掛けに出くわすことがある。これは付近の地形からの推測によってルートを探るものも多いが、中には習得済みのアビリティを活用したり、ダンジョンのフロアの上下関係を利用したりなど、さまざまな知恵を駆使して見つけ出すものも多い。

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 そういうときに役に立つのが、ゲーム画面左上に絶えず表示されたダンジョン内の絶対座標だ。これはゲーム中では(11、45、32)などの3つの数字で示され、00階(=地上)の北西限界(=いちばん左上)を値(00、00、00)として、地下へ何階、南へ何床、東へ何床進んだ位置かを表している。前述の例が指し示しているのは、地下11階、南へ45、東へ32というポイントだ。

 そもそもゲームを起動して最初に、アカデミーと呼ばれる拠点でパーティーを編成するとき、登録されている24人の冒険者のリストの中から4人を選ぶことになるが、このときすでに何らかの理由でダンジョン内で行方不明となっている冒険者がじつに17人おり、彼らの救出や合流は、すべてこの座標を手がかりに行うのだ。

 だが探索画面では、そこにキャラクターがいることなど何ひとつ表示されない。メニュー画面内の“編成”という項目で、キャラクターの位置情報欄に(11、45、32 石化)のように表示されているだけだ。その位置で編成を行うとパーティーに参加させられる。

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ダンジョン内での全滅をくり返し、アカデミーに冒険者がいないくなるとゲームオーバーだ

 編成の話のついでに装備の話をすると、冒険者の装備には武器1、武器2、頭部、胴、アクセサリの5ヵ所があり、トータルで装備コスト上限が設定されている。この装備コスト上限は、バトルに勝ち、経験値を得、レベルが成長することでHPの上限とともに増えていく。キャラクターにある成長の要素は、この目安となるレベル、HP、装備コスト上限の3つだけであり、バトルでの強さは、おおむね装備品によって上がっていくのだ。

 この仕組みにより、倒した魔物からのドロップや発見したショップで高性能な装備品に出くわしたときの喜びは筆舌に尽くし難く、パーティーのうちの、ひとりの、ひとつの武器が変わっただけで、それまで苦労していた相手との戦いが一気に楽になることも多い。おそらくこの解放感のために、装備の着脱だけはイベント扱いでなく、いつでも行うことができるようになっている。

極めてロジカルなバトル

 続いてバトルについて。黒い数字の床を踏むと魔物とエンカウント。画面が切り替わり、左に魔物、右に自パーティーのメンバーが居並んだバトル画面となる。いたってシンプルな構成だ。

 ルールは単純かつ明快だ。各キャラクターのステータスと装備によって算出されたスピードに基づいてATBバーが溜まっていく。溜まり具合に準じて敵味方入り乱れたターン制で攻撃し合い、相手を全滅させたパーティーの勝ちとなる(※ATBはウェイトモード設定やスピード調節が可能)。ここに、このゲームに独特な考えかたの防御力などが加味され、かなりロジカルなバトルが展開されることになる。

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 このバトルのイメージを簡単に話すなら、敵を覆う物理と魔法の2種類の壁のどちらかを狙い、対応する攻撃で穴を空け、空いた穴から相手のHPを削って0にする、というような戦いがくり広げられるのだ。

 詳しく解説していこう。

 すべての攻撃には与ダメージ値(固定のものも、一定の値以下でランダムな数字が出るものもある)があり、同様にすべてのキャラクターは防御力(防)、魔法防御力(魔防)、HPの3つの値を持っている。

 最終的にHPが0になると戦闘不能になるのだが、前述のように防御力と魔法防御力はHPに対する壁のような役割を果たしており、それぞれ物理武器による攻撃、魔法による攻撃で与ダメージ値のぶんだけ削がれ、それが0になるといよいよHPに直接ダメージが及ぶようになる。ここで0になったほうの壁に対応する攻撃をして初めて、HPが削れていくのだ。

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 さらに具体的な例を挙げてみよう。

 防御力5、魔法防御力6、HP4の魔物がいたとする。対する冒険者は2ダメージを与えられる物理武器と、3ダメージを与えられる魔法を持っていたとする。物理武器だけを振りかざして攻撃すると、防御力を削り切るまでに3ターンかかり、そこからHPを削り切るにはさらに2ターンかかる。ところが魔法で攻撃すれば、魔法防御力もHPもそれぞれ2ターンずつで0にできると言うわけだ。

 このようにかなり厳密な計算でバトルは進行する。ランダムな要素と言えば、バトルスタート時のATBの溜まり具合、ランダム攻撃の与ダメージ値の幅、確率で回避や攻撃をする系統の装備品程度だ。こうしたルールは敵味方共通だが、魔物の中には冒険者のHPを防御力に関係なく直接削ってくる例外的なものもおり、魔物は前述の3つの値とこの攻撃の種類(+伊藤龍馬氏のイラスト)という、ごく少ない要素だけで個性豊かに表現されている。

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 このじつに天才的な個性付けについて、過去に筆者が電ファミニコゲーマーに在籍していたとき、『ファイナルファンタジータクティクス』の松野泰己氏と『ファイナルファンタジーXIV』の吉田直樹氏に話を伺ったところ、おふたりも伊藤裕之氏のすごみを同様に語っていた。その部分を引用しておこう。

松野氏:
 でも、「これまでのスクウェアを支えた最大の天才をひとり挙げろ」と言われたら、僕は彼(※伊藤さん)だといまでも思っています。
 『FF』の基幹システムであるATBやジョブシステム、アビリティの発明、『VIII』のジャンクションにしても、『XII』のガンビットにしても、『FF』のシステムで面白いものの多くは彼が手がけたものです。

 僕との仕事で言えば、『タクティクスオウガ』のキャラクターにパラメータが6つあったのを見て、伊藤さんは『FFT』のときに、「松野くんの言うとおりに遊んでもらいたいんだったら、パラメータが多すぎる。3つに減らそう」と言ってきたんです。

 僕は「それじゃあゲームが成立しませんよ。ジョブなんて区別できない」と反論したんだけど……伊藤さんは見事にやりきり、もちろんジョブも綺麗に区別した。すさまじいよね。

吉田氏:
 僕からすれば、松野さんが作るデータにすら「多い」と指摘できる伊藤さんはスゴすぎる(笑)。

出典:電ファミニコゲーマー 『FFタクティクス』松野泰己✕『FFXIV』吉田直樹対談──もはやゲームに作家性は不要なのか? 企画者に求められるたったひとつの資質とは?

 こうしていかんなく個性を表現された魔物の数々が徒党をなして冒険者たちの前に立ちはだかる。

 これが実際にプレイしてみるとわかるが、冒険者がそのころ手にしているであろう武器に対して、魔物たちの数値がすべてギリギリ届くか届かないか程度の値となっている。このバランスは、一手ミスしたぐらいでは危機とまでは行かないが、連続して下手を打つとパーティーが限りなく壊滅に近づくような絶妙さ。一手間違えると、二段階くらい戦局がまずくなるのだ。

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 そのためプレイヤーは手持ちの武器を思い起こしながら、物理に弱いもの、魔法に弱いもの、飛んでいるため剣などの近接物理攻撃が届かないもの、魔法を反射するもの、弱いくせにHPを直接削ってくるものなど、敵味方のさまざまな要素を鑑みる。鑑みながら、1ターンごとに何を削り、どう倒し、どう自分たちの被害を最小限に抑えつつ手短かに魔物を倒せるかを考えることになる。

 とはいえクルマを快適に走らせているときに、駐車禁止などすべての標識を絶えず見ている必要はない。慣れればそのバトルに必要な情報は取捨選択できるようになっていくだろう。削れた防御力も魔法防御力も、バトルが終わればまた全快している。HPの維持が重要なのだ。

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想像力の果てに

 こうして攻撃力1の違いに悶え、苦悩し、ときには快哉を上げ、思考のリズムは緊張と弛緩をくり返す。それがいつしかプレイヤーの意識をドロドロと溶かし、そのままダンジョンと同化して消え去るような甘美な感覚に変えていく。これを没入感と呼んでしまうのは簡単だろう。深く深くへと潜っていくうちに、プレイヤーは傍目には見えない黴臭いダンジョンの壁面や、そこに滴る水、いまにも立ち消えてしまいそうな松明の炎や血の匂いを嗅ぎつけた獰猛な牙を見るのだ。

 それぞれのフロアの作りもそうだ。10層ごとに切り替わるダンジョンの様相が、床パネルの並びで見事に表現されている。

 これは大仰な比喩ではない。実際に探索を進めていると、まだ浅い層の整然とした石積みや、草原の深い草むらの中を獣道が絡み合いながら続いていく姿、砂塵の山に阻まれ入り組んだ砂漠、火口へと向かって旋回しながら降りていく灼熱の火山、荒涼として寂寞な月夜の山河などが見えてくる。なんという旅の至福。

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 ダンジョンに広がるかくもさまざまなフィールドをめぐり、時間を費やしたぶんだけパーティーは成長する。魔物たちを蹴散らす様を見て、それはそれは極めてRPGらしい感慨をプレイヤーは得るだろう。それと同時に、過信や慢心、怠惰や油断ひとつでパーティーは地下の奥底で簡単に壊滅する。呆然としながら全員レベル1のパーティーを編み直し、手元に残ったプレイヤースキルだけを頼りに、壊滅したパーティーの救出に向かうやるせなさも得ることだろう。

 もしこの世界を作った神がいるなら、神はあまりに厳格で公平で無慈悲だ。神がプレイヤーに何をどう体験させたくて、このダンジョンの姿を拵えたのか。分岐の形や数値のひとつひとつにまで考えを巡らせながら、神に打ち克つために冒険者は進む。

 この先に何があるのか。どうしたらもっと上手くやれるのか。気が遠くなるくらい深くまで潜った果てに彼は何を見るのか。わかっているのは、神に打ち克つために取り憑かれたように潜る彼の姿は、得てして神の狂信者にしか見えないということだ。

 狂信者に必要なのは、すべてを見届けようとする好奇心と、たやすく心折られないための向上心、そしてその道のりを彩る豊饒な想像力だ。

 くり返す。もしあなたが百戦錬磨のゲーマーであると自負するなら、こうしたビデオゲームRPGの本質的な喜びを、抜き身で突きつけてくるこの作品にぜひ挑んでみてほしい。そして受け取った衝撃や興奮を誰かに伝えてほしい。その行為がまた新しいゲームの歴史を生み出すからだ。それを叶えるだけの力をこのゲームは確実に持っている。

 それではよい冒険を。

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